2019年08月24日

紀州出身の偉人、濱口梧陵氏の広川町

安政元(1854)年11月5日の大津波の時の「稲むらの火」から後に濱口梧陵氏が私財を投じて作った広堤防のお陰で、昭和21(1946)年に起こった昭和南海地震(=大津波)の時に、村は大きな被害を免れた。実はこの津波を小生自身が体験している。浜の方から「津波が来るぞ!!」jとの声があり、母親と3人の妹と共に必死で広八幡神社まで走って逃げて難を逃れた。しかし翌日、帰宅途中で被害現場を見たら、紡績の社宅の多くは柱だけになっていたし、逃げ遅れたのだろうか紡績の女工さんの死体もころがっていた。紀州が生んだ偉人の話を知ったのは、かなり後になってからである。

posted by ケチ at 21:29| 大阪 ☔| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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