2015年08月13日

日航ジャンボ機墜落事故から30年

昭和60年8月12日、羽田空港18:00発JL234がダッチロールの末に、群馬県の御巣鷹の尾根に墜落してから30年が経った。46歳の私が3月に東京へ転勤した年である。単身赴任は嫌なので、家内と中学2年生だった息子と一緒に千葉県の市川市に転居した。息子は2年生の3学期に転校させたことになる。初めての首都圏での勤務であり、4月には米国のテキサス州で開かれた展示会(クリーン85)に出席し、クリーニング機械の輸出をして来たなど、やる気満々の年であった。8月12日には家内の妹が住む四日市へ立ち寄って帰省したので、JALに乗らなかったが、直接に帰省することになっていたら、午後6時、羽田発の飛行機であり、乗っていた可能性もあった。520人の犠牲者数は未だに飛行機の単独事故として最大のものである。あの悲惨な事故で助かった4人はその後、幸せに暮らしているらしい。事故は想定外に起こる。大学の1年先輩のお兄さんも事故で無くなったし、「上を向いて歩こう」の坂本九も遭難した。人生、実に色々な出来事が起こるものだ。あれから30年後の8月12日、新聞やテレビで報道されている中で、私は幸いにも生きながらえている。
posted by ケチ at 14:23| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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