2015年09月10日

放送大学の同窓生を発見

堺市中区の高瀬家を久しぶりに訪問したらリビングに放送大学の卒業証書・学位記が立てかけてあった。長男の一郎君(甥)が今年の4月に放送大学を卒業したらしい。私が東京へ赴任した時に、放送大学の存在を知り、学士入学し、卒業してから20年になる。その後放送大学の良さを友達に説明し、入学を薦めたが誰一人として入学をしなかった。大阪に帰ってから、何となしに甥御に薦めた結果が結実したのである。学士入学制度の活用は良いことであっても中々実行しにくいものだが、良くぞ頑張ってくれたと感謝したい。大学を卒業後会社員として働き、その合間をぬって勉強するのはかなり忍耐のいることだ。因みに、昭和41年インドネシアから帰国して翌年に大阪市立大学の法学部へ学士入学し、昭和45年の3月に法学部卒業、引き続いて商学部へ入学し、昭和48年の3月に卒業した自分は大変な変わり者だったのだ。当時は社会人が入学できる大学院は無かったので、カニの横這いのように、学部への学士入学を選んだ。その後東京での放送大学を卒業したのは、全くのプラスアルファであるが、大阪勤務での仕事と勉強の6年間の生活は若気の至りで、今なら体力・気力的にも続けられないだろう。人とは少し変わった人生を歩みたいとの天邪鬼の性格は、その後のサラリーマン生活に少なからず良い影響を与えたのは確かである。そんな変わり者が、生涯現役を目指して今は市会議員の2期目を務めている。
posted by ケチ at 17:41| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする